「3年後の売上予測、その根拠は?」――これは、投資家が起業家に投げかける、最もシンプルで、最も残酷な質問です。
この一言で、言葉に詰まってしまった経験はありませんか?
情熱だけを頼りに作り上げた事業計画書が、このたった一つの問いで色褪せて見えたことはありませんか?
その気持ち、痛いほどよく分かります。
何を隠そう、かつての僕自身がそうでしたから。
こんにちは。
2度の事業失敗を乗り越えた、資金調達の“翻訳家”、神崎 渉です。
僕は最初の起業で、プロダクトに自信を持つあまり財務を軽視し、黒字倒産という屈辱を味わいました。
2度目の起業では3億円の調達に成功したものの、数字の交渉に終始した結果、経営の魂を売り渡すことになりました。
だからこそ断言します。
投資家からの「最強のツッコミ」は、あなたを追い詰めるためのものではありません。
むしろ、あなたの事業が持つ可能性を、あなた自身の言葉で証明するための“最高のチャンス”なのです。
この記事を読み終える頃、あなたは「3年後の売上予測」を、単なる数字の羅列から、投資家の心を揺さぶり、未来の仲間を引き寄せる「最強の物語」へと昇華させるための武器と鎧を手にしているはずです。
さあ、今日の崖っぷち問答を始めましょうか。
目次
なぜ投資家は「3年後の売上予測」を執拗に問うのか?
まず、大前提として理解しておくべきことがあります。
彼らは、あなたの予測が「100%当たる」とは微塵も思っていません。
未来が予測通りに進まないことなど、百戦錬磨の投資家たちが一番よく知っているのです。
では、なぜ彼らはこれほどまでに「根拠」を問うのでしょうか。
彼らが見ているのは「数字の正しさ」ではない
投資家が見たいのは、数字の正確性ではありません。
その数字に至るまでの、あなたの「思考の深さ」と「事業解像度の高さ」です。
「この経営者は、自分たちが航海しようとしている海の広さ(市場規模)を正しく理解しているか?」
「羅針盤(戦略)は確かか? 積み荷(リソース)の計算はできているか?」
「嵐(リスク)が来た時、どう乗り越えるつもりか?」
彼らは、売上予測という名の「宝の地図」を通して、あなたという船長の器を見極めようとしているのです。
緻密な思考プロセスに裏打ちされた計画は、たとえ数字が未達に終わったとしても、事業を修正し、前進させる推進力があることを証明します。
「Jカーブ」という名の期待値:投資家が描く成長ストーリー
特にスタートアップの資金調達において、投資家が期待するのは「Jカーブ」と呼ばれる急成長の軌道です。
これは、事業立ち上げ初期は研究開発やマーケティングへの先行投資で赤字を掘り、その後、プロダクトが市場に浸透するにつれて売上が急上昇し、莫大な利益を生み出すという成長モデルを指します。
投資家は、短期的な黒字よりも、このJカーブを描けるポテンシャルに賭けているのです。
だからこそ、「3年後」という少し先の未来に、どれだけ大きな成長の絵を描けているか、そしてその絵にどれだけのリアリティと熱量を込められるかが問われます。
僕が黒字倒産で学んだ「予測なき航海の恐ろしさ」
最初の起業で、僕はEdTechサービスを手掛けていました。
プロダクトは顧客に評価され、目先の売上は順調に伸びていました。
しかし、僕の視界には「今月」と「来月」しか映っていなかったのです。
自分たちが航海している市場全体の海図、つまり長期的な売上予測と、それに伴うキャッシュフローの計画を持っていませんでした。
結果は、無残なものでした。
売上はあるのに、入金サイクルのズレと先行投資が重なり、ある日突然、キャッシュが底をついたのです。
黒字倒産でした。
この経験は、「資金は事業の血液」であり、「予測なき航海は遭難を意味する」という事実を、僕の骨の髄まで叩き込みました。
投資家が売上予測を問うのは、あなたに同じ失敗をさせないための、ある種の親心でもあるのです。
投資家を沈黙させる「売上予測」3つの構成要素
では、どうすれば投資家を唸らせる売上予測を組み立てられるのか。
それは、単なる勘や願望ではなく、論理的な3つの要素を組み合わせることで可能になります。
資金調達の航海術における、三種の神器だと考えてください。
要素1:TAM, SAM, SOM – あなたの「市場」という名の海図を広げる
まず、自分たちがどれだけ広大な海(市場)で戦おうとしているのかを、投資家と共有するための共通言語が必要です。
それが、TAM、SAM、SOMです。
- TAM (Total Addressable Market):あなたの事業が狙える可能性のある、最大の市場規模。「世界中の海」に例えられます。
- SAM (Serviceable Available Market):その中で、あなたのサービスが地理的・言語的・法的にアプローチ可能な市場規模。「航海可能な海域」です。
- SOM (Serviceable Obtainable Market):そして、競合の存在などを考慮し、現実的に獲得できる市場規模。「今後3~5年で目指す漁場」と言えるでしょう。
これらの数字を示すことは、「僕たちは、どこで、誰を相手に、どれくらいのビジネスをしようとしているのか」という事業の根幹を、客観的なデータで語ることに他なりません。
夢の大きさと、現実的な足掛かりの両方を示すための、全ての土台となります。
要素2:トップダウンとボトムアップ – 羅針盤と積み荷の検算
次に、具体的な売上予測の数字を導き出します。
これには大きく分けて2つのアプローチがあり、両方を用いることが極めて重要です。
- トップダウン予測(羅針盤):先ほどの市場規模(SOM)から、「我々なら〇年後にシェア〇%を獲得できるはずだ」と逆算する、マクロな視点のアプローチです。これは、事業が目指すべき北極星、つまり野心的な目標を示します。
- ボトムアップ予測(積み荷の検算):顧客単価、営業マンの数、成約率、WebサイトのPV数といった、現場のリアルな数字を一つひとつ積み上げて計算する、ミクロな視点のアプローチです。これは、日々の活動に裏打ちされた、現実的な計画を示します。
トップダウンだけで語れば「それはただの妄想だ」と一蹴され、ボトムアップだけでは「夢が小さい」と思われてしまいます。
羅針盤が指し示す目的地と、積み荷から計算される航続距離。
この2つを高い解像度で示すことで、あなたの計画は一気に説得力を増すのです。
要素3:KGI/KPIツリー – 航海の全工程を可視化する
最後に、売上という最終目的地(KGI: 重要目標達成指標)に、どうやってたどり着くのか。
その航海の全工程を可視化した設計図が「KPIツリー」です。
例えば、最終目標が「年間売上1億円」だとしましょう。
これを達成するためには、「受注件数」と「顧客単価」が必要になります。
さらに「受注件数」を増やすには、「商談数」と「受注率」が重要です。
「商談数」は、「アポイント数」や「Webからの問い合わせ数」に分解できます。
このように、最終目標を達成するための要素を細かく分解し、日々の行動レベルの指標(KPI: 重要業績評価指標)まで落とし込んでいく。
このKPIツリーこそが、「売上予測の根拠は?」という問いに対する、最も直接的でパワフルな答えになります。
「我々は、このKPIをこの水準で達成することで、3年後の売上目標に到達します」と、断言できるようになるのです。
【実践編】明日から使える!売上予測の具体的な立て方(4ステップ)
理屈は分かった。
では、具体的にどう手を動かせばいいのか。
ここからは、僕が顧問先で必ず実践してもらっている、具体的な4つのステップをご紹介します。
1. ステップ1:市場規模(TAM, SAM, SOM)を算出する
まずは海図を手に入れましょう。
官公庁(経済産業省など)や民間の調査会社(矢野経済研究所、富士経済など)が公表している市場調査レポートが主な情報源になります。
有料レポートは高価ですが、プレスリリースや要約版だけでも参考になる情報は得られます。
これらの信頼できる情報源を元に、自分たちのTAM、SAM、SOMを定義し、その算出根拠を必ず明記してください。
2. ステップ2:ボトムアップで「現実的な」数字を積み上げる
次に、足元から数字を固めます。
あなたのビジネスモデルに応じて、売上を構成する変数を洗い出しましょう。
- 例(SaaSビジネスの場合):顧客数 × 顧客単価
- 例(ECサイトの場合):サイト訪問者数 × 購入率 × 平均購入単価
- 例(コンサルティングの場合):コンサルタント数 × 稼働率 × 時間単価
これらの変数について、過去の実績やテストマーケティングの結果から、現実的な数値を設定し、積み上げて3年後までの売上を予測します。
これがあなたの計画の「土台」となります。
3. ステップ3:トップダウンで「野心的な」目標を描く
土台ができたら、次は空に星を描きます。
ステップ1で算出したSOMを元に、「3年後に市場シェア〇%を獲得する」という野心的な目標を設定します。
なぜそのシェアが獲得可能だと思うのか?
競合の状況、自社の独自性、市場の成長性などを踏まえた「戦略」をセットで語れるように準備しましょう。
これがあなたの計画の「旗印」です。
4. ステップ4:2つの予測の「ギャップ」こそが、あなたの戦略になる
さあ、ここが最も重要なポイントです。
多くの場合、ステップ2で積み上げた現実的な数字(ボトムアップ)と、ステップ3で描いた野心的な目標(トップダウン)の間には、大きな「ギャップ」が生まれるはずです。
投資家が本当に聞きたいのは、まさにこのギャップをどう埋めるのか、という話なのです。
「このギャップを埋めるために、今回調達する資金でマーケティングを強化し、顧客獲得単価を下げながらリード数を倍増させます」
「優秀なエンジニアを採用し、プロダクトに〇〇という機能を実装することで、顧客単価を1.5倍に引き上げます」
このギャップを埋めるための計画こそが、あなたの「成長戦略」そのものであり、投資家が最も価値を感じる「物語」なのです。
「その根拠は?」最強のツッコミを“最強の武器”に変える話法
完璧な計画書ができたとしても、それを伝える「話し方」を間違えれば、全ては水の泡です。
最後に、投資家との対話で、あなたの物語を最強の武器に変えるための心構えをお伝えします。
数字の裏にある「なぜ?」に答える準備をする
投資家からの質問は、常に「Why?(なぜ?)」の連続です。
「なぜ、この市場を選んだのですか?」
「なぜ、成長率を年率200%と設定したのですか?」
「なぜ、競合ではなく自社が勝てると言えるのですか?」
全ての数字の裏側にある、あなたの戦略的な意図、つまり「なぜ?」に対する答えを、自分の言葉で語れるように準備しておきましょう。
これが、あなたという経営者への信頼に繋がります。
3つのシナリオ(楽観・現実・悲観)でリスク管理能力を示す
計画は一本道である必要はありません。
むしろ、「楽観シナリオ」「ベースシナリオ(計画通り)」「悲観シナリオ」の3つを用意しておくことを強く推奨します。
これは、あなたが事業の不確実性を正しく認識し、万が一の事態にも備えがある、リスク管理能力の高い経営者であることを示す何よりの証拠となります。
最悪の事態を想定し、それでも事業が継続できることを示せれば、投資家は安心してあなたに資金を託すことができるのです。
僕が魂を売りかけた交渉で気づいた「数字より大切なこと」
2度目の起業で、僕は3億円の資金調達に成功しました。
しかし、その交渉の席で、僕は致命的な過ちを犯していました。
売上予測の数字、事業価値(バリュエーション)、投資条件…。
僕は、ひたすら「数字」の正しさと有利な条件を勝ち取ることに固執していました。
その結果、僕がこの事業を通して何を成し遂げたいのか、どんな世界を創りたいのかという「ビジョン」や「想い」を語ることを、すっかり忘れてしまっていたのです。
結果として、僕は資金と引き換えに、経営の自由度を大きく損なう条件を飲むことになりました。
「金は手に入れたが、魂を売ってしまった」
事業は成長軌道に乗ったものの、投資家とのビジョンの乖離に苦しみ、僕は志半ばで会社を去りました。
この血の滲むような経験から学んだことがあります。
資金調達は、ビジョンを実現するための”手段”であり、”目的”ではない。
そして、売上予測は、あなたの“物語”を語るための、最高の脚本なのです。
結論:あなたの“物語”を語り、未来の戦友を巻き込もう
長くなりましたが、最後にこの記事の要点をまとめます。
- 投資家は売上予測の「数字」ではなく、あなたの「思考の深さ」を見ている。
- 売上予測は「TAM/SAM/SOM」「トップダウン/ボトムアップ」「KPIツリー」の3要素で構成する。
- ボトムアップ(現実)とトップダウン(理想)のギャップこそが、あなたの「成長戦略」になる。
- 数字の裏にある「なぜ?」を語り、リスクへの備えを示すことで、信頼を勝ち取ることができる。
「3年後の売上予測、その根拠は?」
この問いは、もはやあなたにとって怖いものではありません。
それは、あなたがどれだけ深く事業を愛し、どれだけ真剣に未来を考えているかを、情熱と論理を持って語るための、最高の舞台装置なのです。
売上予測は、未来の仲間を集めるための「宝の地図」です。
さあ、自信を持って、あなたの物語を語りましょう。
数字の裏にある、あなただけの熱い物語を。
【この記事を読んだあなたが、明日まずやるべきことリスト】
- あなたの事業の「TAM, SAM, SOM」を算出するための、公的な調査レポートを1つ見つけてブックマークする。
- 売上を構成する変数(顧客単価、顧客数など)を全て紙に書き出し、ボトムアップ予測の土台を作る。
- 3年後の自社を想像し、「市場シェア〇%」という野心的な目標(トップダウン予測)を声に出して言ってみる。
この小さな一歩が、あなたの孤独な航海を、仲間と共に進む大冒険へと変える、確かな一歩になることをお約束します。

